Love letter

written by 桜

デート関連のネタバレがたくさん入っているのでお気を付けください!

7/28の夜遅く

私は彼の家のポストに1通の手紙を入れた。そしてそのままインターホンを鳴らす。

ピンポーン

「はい。」

「ハク、私だよ。」

中から聞こえた返事にそう答えると、焦ったような足音が聞こえ、勢いよくドアが開かれる。

「こんばんは。」

「こんな遅くにどうしたんだ?何かあったのか?」

慌てていたのかシャツのボタンは掛け違えており、髪からは雫が滴り落ちている。驚きで見開かれた瞳をそっと見つめ返し、軽く笑った。ポタリと流れ落ちる水を手を伸ばしてゆっくりと拭ってあげる。

「ふふっ、ハク刑事は明日が何の日なのかすっかり忘れているようですね。」

「明日?」

ハクは少し考えて、ハッとしたような表情を浮かべた。

「…悪い、急な任務でうっかりしてて。」

「だと思ったー。」

私は玄関に入りドアを閉めると、バツが悪そうな顔を浮かべたハクに抱き着いた。シャワーを浴びた直後なのであろう、しっとりと濡れた肌からは爽やかな石鹸の香りがした。

「ハクは自分のことになると適当だから。でも私がいるから問題ないよ。」

「そうだな。」

ハクはゆっくりと私の背に手を回し、その逞しい胸の中に私を抱え込んだ。

「だが、こんな遅い時間に訪ねて来るな。危ないだろ。」

「大丈夫だよ。」

「俺が心配なんだ。連絡くれれば迎えに行ったのに。」

「ハクは過保護だなぁ。」

「…。」

黙ってしまったハクに私は笑いをかみ殺す。

思えば彼は出会った時から過保護だった。電話をするたびに大丈夫かと聞かれるし、少しでも異変があればすぐに会いに来る。今ではすっかり手に馴染んでいるこのブレスレットも最初は随分驚いたものだ。

「何笑ってるんだ?」

「ハクは変わらないなと思って。」

「…お前だって変わらない。」

「それで、どうして俺の誕生日の前日、しかもこんな夜遅くに訪ねて来たんだ?」

「それはもちろん、日付が変わった瞬間にお誕生おめでとうって言うためだよ!それに、お誕生日は24時間ハクと一緒にいたいから。」 

「そうか。」

ハクは私を引き寄せた。首元に手を当て、コツンと額を合わせる。

「こうして毎年お前が祝ってくれて幸せだ。」

「まだ誕生日は始まってないよ。」

「あと少しだ。」

横目で時計を見ると秒針は文字盤のXIを指そうとしていた。

「5、4、3、2,1…、ハク、お誕生日おめでとう!」

「ありがとう。」

感謝の言葉と共に唇にがそっと塞がれる。慈しむように長く触れた後、ハクはすごく嬉しそうな顔で笑っていた。

そんな風にハクのお誕生日はスタートした。

翌朝、目が覚めるとハクは隣で眠ったままだった。

起こさないように気をつけながらそっと隣から抜け出る。前は少しでも私が動く気配を見せればすぐに起きていたのに、今はこうして眠っていてくれる。彼が私を信頼してくれているようでたまらなく嬉しかった。

私はバッグの中に入れていた手紙を取り出し、リビングのテーブルに置いた。

「これでよし!準備は完璧!」

「何をこそこそしてるんだ?」

後ろから突然声がかかり思わず飛び上がる。ハクは笑いながら私に後ろから抱き着いた。そして身を乗り出すと、先ほどセットした手紙を手に取る。

「これは?」

思ったより早く見つかってしまったサプライズに私はどう返答すべきか少し悩んだ。

「俺宛ってことは開けてもいいんだよな?」

「うーん、じゃあ開けてみて。」

ハクは私を離すつもりはないらしく、そのまま私の前に手を回し手紙を開封した。

「ハッピーバースデーハク!

今日はハクと楽しい1日を過ごすためにいろいろなサプライズを用意してみました。

ハクと過ごした思い出の場所に一緒に行こう!」

ハクは一度私の顔を見た。そして手紙の続きをゆっくりと読み上げる。

「まずはポストを覗いてみてね。」

出掛ける準備を整えた私たちは早速ポストを覗きに行った。中には綺麗な緑色の封筒。表には「ハクへ」と書かれている。

封を切り、取り出した最初の便箋にはこう書かれていた。

『釣り記念日!』

そんな一言だけが書かれている。横には手書きのイラストを添えてあった。

「分かった?」

「もちろんだ。」

最初の場所はハクとお出かけした湖だった。

「あの時はお互い勘違いしてばっかりだったよな。」

目的地へ向かいながらハクが面白そうにそう言った。

「そうだね。でもまさかあんな大物が釣れるなんて思わなかったよね。」

「ああ。お前と過ごす日々はいつも驚きがあって面白い。どれだけ一緒に過ごしても飽きないよ。」

「私も。」

そんなことを言いながら辿り着いた湖で私は次の手紙を手渡した。

7月の太陽は眩しくて、とても暑い。まるで隣に座る彼のようだ。

木陰のベンチで水分補給をしつつ私たちは次の手紙を開封した。

「次の内容は『船の折り方はもうばっちり!また自転車に乗せてね。』か。」

「ちなみにレンタサイクル屋さんがあそこにあります。」

「分かった。」

ハクは私の頭をくしゃりと撫でた。そして立ち上がり手を差し出す。

「行こうか。」

レンタサイクルのお店では店員さんの熱心な勧めもあり、タンデム自転車を借りることになった。初めて乗る未知の乗り物に若干の不安を覚える。そんな私の気持ちを汲み取ったハクは、大丈夫だというように笑った。

「そんなに心配するな。俺がいるから大丈夫だ。」

「うん…!そうだよね。」

想像よりも自転車に乗れていることにホッとしつつ目的地に向かう。すぐ前にはハクの背中があり、彼が背を向けているのをいいことに私は後ろからじーっと見つめていた。前に行った時も、いつもクロに乗せてもらっている時も。私はいつもしがみついているだけだったから、こうして一緒にペダルを踏んで走れるのはなんだか対等になれた気がして嬉しかった。

再会して、いろんな経験をして、私も彼の隣に堂々と立っていられるような存在になれただろうか。

手を引いてもらうばかりじゃなくて、私も彼の手を引く存在になりたい。

そうして新たな決意を胸に刻んでいる間に次の目的地にたどり着いた。

私はバッグの中から折り紙とろうそくを取り出し、ハクの前でひらひらと振ってみせた。

「まだお昼だけど、今日は予定が詰まってるから浮かべちゃおう!」

前に来た時と同じ木陰で私たちは一緒に船を折る。

「何か悩みがあるのか?」

「ううん。今日は、ハクのお母さんに向けて船を浮かべようと思って。」

「俺の母さんに?」

「うん。」

家族の話をあまりしたがらないハクだが、お母さんの話は時折出てくる。そしてその時の彼はとても優しい顔をしていた。きっと大切な人だったんだろう。

ハクはそれ以上何も聞かず、一緒に船を折ってくれた。

「よし、じゃあ浮かべようか。」

小さな船にろうそくを乗せ、そっと火を点ける。ゆらゆらと揺れながら水面を進む船を見ながら、私はそっと両手を合わせた。

「ハクのお母さん。はじめまして。」

小さくそう呟くと、ハクがこちらを向いたのを気配で感じる。私は気にせずにそのまま話を続けていく。

「ハク…さんは私の高校の先輩でした。当時はあまり接点が無かったけど、大人になって再会した後は少しづつ一緒に過ごすようになりました。今では、私にとってとても大切な存在です。勇敢で優しくて、私はいつも助けてもらってばかりです。たまに驚くこともあるけど、すごく素敵な人です。」

ひと呼吸おき、一番伝えたかった言葉を今は亡き人へ向けて告げる。

「ハクと出会えて私は幸せです。ありがとうございます。ハクのことは私がきっと幸せにしてみせます!」

(だから、これからも見守っててください…。)

そう伝え、目を開ける。隣のハクを見るとどこか遠い目をしてこちらを見ていた。まるで、私を通してここにいない誰かを見つめているような。

私は、いつも彼がしてくれるように笑顔で大きく手を広げた。ハクは、少し迷った素振りを見せた後、ゆっくりと私に身体を寄せた。

ゆっくりと彼を抱きしめるように手を回せば、額へ優しいキスが降ってくる。

「ありがとう。俺も幸せだ。」

泣きそうな、でもとても温かい響きを含む声が聞こえた。

次の手紙に書かれていた内容は『ラー油牛肉麵、ニンニクの芽とパクチートッピング』だ。

「これはサービス問題だったかな?」

リンさんのラーメン屋で目の前に座ったハクを見ながら私はそう笑った。

「そうだな。だが、ちょうど昼時だったしタイミングはばっちりだったな。」

「うん!」

ハクの事を知るきっかけになったリンさんのお店。高校時代の私とハクを繋ぐ大切な場所でもある。

「ハクとこうして一緒に通うようになるとは思わなかったな。」

「それは俺もだ。」

「これからもぜひご贔屓に。」

ラーメンを運んできてくれたリンさんがそう告げた。私はお礼を言いつつ、目の前で美味しそうな湯気を立てるラーメンに目を輝かせた。

「ここのラーメンが一番好きです。これからも一緒に食べに来ますね。」

「ありがとうございます。」

ラーメンを食べながら目の前のハクをこっそり盗み見る。

あの時と何も変わらない彼の姿。

そして、変わった私たちの関係。

心地良い関係に酔いしれつつ、ラーメンを頬張る。この時、同じようにハクが私を見て微笑んでいたのに私は気付かなかった。

交互にお互いを見つめる私たちの姿をラーメン屋の店主が優しく見ていたことにも。

4通目の手紙には

『灯篭流しも花火も星空も綺麗だったけど一番は…。』

ハクはあの時の東屋へ、あの時と同じように私を抱いて連れて行ってくれた。

5通目は

『今日の私とハートのドリンク』

「やっぱり、よく似合ってる。今日お前を見たときから気付いてた。」

「ありがとう。カフェでちょっと休憩しようか。」

「ああ、今度も同じドリンクにするか?」

「バレンタイン限定だから今はもうないよ。その代わり、夏限定のドリンクを一緒に飲もう!」

そして6通目。

『あの時のアルバム、見るの好きなんだ。カップルフォトまた撮りたいね。』

こう書かれた手紙を渡し、私たちはあの時のスタジオへとやってきた。先に話をしていた私は、出てきたスタッフさんに名前を告げた。

「お待ちしておりました。今日はお誕生日の写真だそうですね。おめでとうございます。」

「どんな写真にするかまだ決めてないのですが…」

「それを考えるのは私たちの役目ですから。お任せください。」

私たちはそれぞれ簡単なヘアメイクをしてもらった後、撮影スタジオへと連れて行かれた。

「テーマは、お誕生日会、です。」

色とりどりのバルーンやドライフラワーで飾り付けられた部屋の中心にはバースデーケーキが用意されていた。可愛らしい部屋の雰囲気に私の心は踊る。

「今日は日常の1コマを撮るようなイメージです。できるだけ自然に、2人でいる時の様子を撮らせてください。」

私はハクと共にセットの中に入った。私から誘っておいていうのもなんだが、カップルフォトというのはやはり照れてしまう。前回と同様カチコチになってしまった私を見たハクは、堪えきれないというように吹き出した。

「大丈夫か?」

「やっぱり、慣れはしないなと思って。」

「ああ、そうだな。」

「…ハクは慣れてるように見えるけど?」

「お前がいるからだ。」

そう言うと、ハクは側にあったドライフラワーの花冠をそっと私の頭に乗せる。

「綺麗だな。」

ハクの琥珀色の瞳の中に私の姿が映り込む。ゆっくりと伸ばされた彼の手が私の頬に触れ、そこから溢れんばかりの温もりと愛情を感じた。

同じように彼の頬に手を添え、ゆっくりと顔を近付けた。

愛しいという感情が零れ落ちる。

この感情を教えてくれたのは彼だ。

「ハク、おめでとう。」

カシャッ。

「写真は後日届けてくれるんだって。」

「またアルバムに入れなきゃいけないな。」

「そうだね。」

スタジオを出た私はハクに次の手紙を渡した。

「じゃあ、これ。」

「『私たちがいた場所』」

そんな一言と書かれていたのは、イチョウの葉とピアノの絵。

私が最後の場所に選んだのは、最も思い出深い場所。

母校だった。

頭上高くに合った太陽はいつの間にか沈み、世界が黄昏色に染まっていた。この時期は緑色のイチョウの葉も、あの時のように黄金色に染まっているような錯覚に陥る。

手を繋いだ私とハクはゆっくりと懐かしい校舎を歩いた。

「俺たちがいた場所、か。」

「うん。」

ハクと再会して、いくつか分かったことがある。

私が覚えていた以上に、ハクと私は高校時代にいくつかの接点があった。絡まれた私を助けてくれたり、保健室まで運んでくれたり…

彼はずっと、私のことを見守ってくれていたのだろう。

時折感じた優しい眼差しは彼のものだったのだ。

「ハク。」

「どうした?」

私はハクに最後の手紙を差し出した。

散々悩んで、結局数行しか書けなかったあの手紙。

手紙を受け取ったハクは、私に開けてもいいかと聞いた。

「ハクに書いたんだもん。開けてみて。」

ハクへ

Happy Birthday

生まれてきてくれて、私と出会ってくれてありがとう。

大好きだよ。

たった3行、されど3行。

その短い文章に綴られた彼へのありったけの愛は伝わったであろうか。

何も発さないハクの反応を伺おうと少し顔を上げた瞬間、腕を引かれて彼の胸に抱き寄せられた。

同時に優しい風が巻き起こり、私とハクを包み込む。

懐かしい風。

記憶に強く刻まれた、あの日々と同じ風だ。

「お前は、俺に命をくれたんだ。」

「え?」

「お前と出会えて、俺は人生が変わった。何の価値もないと思っていたこの世界が、自分の人生が、意味のあるものになったんだ。」

静かに語るハクの声に耳を傾ける。

「生まれてきてよかったと心から思えた。出会いはかけがえのないものだと初めて知った。誰かと共に生きることの幸せをお前が教えてくれたんだ。」

「うん。」

「それに、ただの日常だった誕生日が楽しみな日になった。」

そっと見上げれば夕焼けに照らされたハクの笑顔が視界いっぱいに飛び込んできた。私は満面の笑みを返すとそのままハクの首元に手を回し、背伸びして口付けをプレゼントする。

次の瞬間、私の身体がふわりと浮かんだ。ハクに抱えられ一緒に母校を見下ろす。

「ハク、私ね、ハクの事ずっと誤解してたでしょ。」

「ああ。」

「でも、その時間があったからこそ今の私たちがいるんじゃないかなと思うの。」

ハクはその言葉に同意するかのように私の髪をそっと撫でた。

「人生って複雑だよね。たった1つの選択でその先が全然違うものになっちゃうんだから。でもね、あの日雨が降ってたのも、私とハクが同じ高校だったのも、イチョウやピアノが繋いでくれたのも、そして警察署で再会できたのも。全部全部運命だったのかなって思うんだ。私が自分で選んで、掴み取った運命。」

「おまえ…」

長いようで短かった、ハクと出会ってからの7年間。

高校生の私は彼の事を怖い先輩だとしか思っていなかった。ひょっとしたら、私たちの人生は交わってなかったのかもしれないのだ。

だけど、たくさんの偶然が重なって引き寄せられた運命が、再び私たちを出会わせてくれた。

そして、再会までの間に横たわった年月はこの先のいろんな可能性が詰まった未来を連れてきてくれた。

私たちの7年はちゃんと意味のある時間だったのだ。

「ハク、私だってハクと出会えて人生変わったよ。大変なこともたくさんあって、人生って一筋縄じゃいかないんだなって思う時もたくさんあった。だけど、その分たくさん大切な気持ちも知った。大好きっていうこの気持ちを、誰かを愛する幸せをハクが教えてくれたんだ。」

ハクの肩に手を置き、彼を上からそっと見下ろす。

愛しさと優しさと強さを含む彼の風が髪の毛を揺らした。ずっと前から当たり前のようにあったこの凱風は、いつもこうして私に彼の感情を教えてくれた。

「ハク、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。私と出会ってくれてありがとう。一緒にいられてすごく幸せだよ。ずっとずっとハクのことが大好き!」

ハクの目が細められ、ゆっくりと後頭部に手が回される。

抱き上げられた身体はいつの間にか少しの隙間もないほど彼の元へと引き寄せられていて、少しの緊張とたくさんの興奮で高鳴る2つの鼓動を同時に感じた。

「俺も、お前が大好きだよ。俺と出会ってくれてありがとう。」

優しい声と彼の息遣いが頬を掠める。

陽が沈む瞬間、2人の影がゆっくりと重なった。

キスをした後、彼と目を合わせる。お互い赤く染まった頬を誤魔化すように笑い合った。

あなたが生まれたこの特別な日を祝えてよかった。

その想いを伝えるかのように、私からもう一度彼に祝福を贈った。

ハク先輩、お誕生日おめでとうございます!! 本編もデートもたくさん読んで、1年前よりもより一層好きだなぁと思うことが多くなりました。 これからもいろんな一面を見るのが楽しみです! 主ちゃんとお幸せに♡