傷跡に愛を、
カーテンの隙間から零れる眩い光に誘われるように目を覚ます。まだ起きたばかりで脳が覚醒しない。視界に映る見慣れぬ天井をぼんやりと眺めながらここはどこだろうと思案した。そうだハクのマンションだ。昨夜、誕生日にも関わらず過酷な任務から帰って来て満身創痍の彼を労るために手料理を振る舞いに来たのだ。
身体を起こして隣を見てみるとハクは寝息をたてながらまだ眠っている。肩や胸の辺りに新しい傷が増えていてぎゅっと胸が痛む。
無意識に辛そうに唸るハクを見て子供の時、パパが怪我を撫でてくれると痛みが引いたことをふと思い出した。
気休めにもならないかもしれないけれども私はそっと白く細い指の腹を這わせ、肌を撫でてみる。直後、彼から吐息が漏れた。
「ごめん、起こしちゃった?朝ごはん作るからまだ寝てていいよ」
返事はなかった。まだ寝ぼけているのかもしれない。
キッチンに向かうために立ち上がろうとしたが、寝室に置かれている姿見に映る自分を見てギョッとした。ハクがつけたでであろう沢山の跡がついている。
「え、嘘……、今日午後から仕事なのに……!」
昨夜のことを思い出してしまった私の頬が赤いことくらい姿見を見なくても容易に想像ができた。
「どうかしたのか?」
いつの間にか完全に覚醒したハクが狼狽する私を見つめている。
「どうかしたのかって、ハクのせいだよ!今日に限って襟ぐりの大きい服着て来ちゃったからどうやって誤魔化そう……」
「悪い、あー…なんだ、お前も俺に跡をつけるか?」
「……ううん、つけないよ」
改めて彼の身体を見た。古い傷、治りかけの傷、昨日の任務で出来たばかりの傷……。こんなに傷ついた彼の身体に跡を残すことなんて……。私には出来るわけがなかった。
だから、跡をつける変わりに、上書きするよう一つ一つの傷に恭しく軽く口付けた。
ふ、と笑った彼の気配がした。
ハク先輩誕生日おめでとうございます! 彼女と出会って暖かい誕生日を過ごせるようになっていたらいいなと思います。